話題の「45歳定年制」を考える~その2

「雇用の流動性」の問題

日本においては、従業員の地位は守られています。従業員にとっての不利益変更は認められていません。

給料減額がそうですね。

罰則規定に抵触したとか、企業業績が著しく悪化したとかの理由があれば別です。

でも、会社の都合で、従業員を勝手に“クビ”解雇することはできません。

それゆえ、働きの悪い高コスト従業員を解雇することはできません。

そう考えると、「45歳定年制」に異論を唱える人たちの意見の中にあった「単なるリストラ」とか「人件費抑制」という、会社側の思惑として指摘されることは理解できます。

ただし、これから企業は、採算性の悪い従業員を抱え込めるほどの余裕はなくなるでしょう。

雇用の流動性を考える上で、今の厳しい解雇規制をどう考えるかも議論すべきだと思います。

個人的な意見ですが、年功序列には反対ですが、終身雇用はあっても良いと思います。ただし、この解雇規制をもう少し緩和することがセットになければ、企業が成り立たないというのも理解したいです。

従業員として、身分が、それこそ70歳まで保障されていると安心です。ただし給与額は実力次第で変わるという風土が必要で、年齢とともに、背負うものが多くなるというのはあくまでも個人的事情であって、守るべき人が増えたなら、事業発展の提案をするとか、技術を高めるとか、管理能力を学ぶなどの努力をして、給料を上げるなり安定させるなり考えることが大事だと思います。

会社と従業員は契約関係にあるということを、もう一度再確認すべきかもしれません。

もう「従業員は家族だ」という経営は成り立ちません。

まあ契約であれ家族であれ、会社と従業員の信頼関係があっての話ですけどね。

ストックオプション(自社株を持つシステム)の考え方で、会社が発展すれば自分の給料も上がるという、目標が共有できる風土があることが望ましいとは思いますね。

会社に頼らない姿勢が必要

最初から「45歳定年」と理解して就職したとしたらどうでしょう。

たとえば、「退職金は給料の後払い」という側面から、退職金分を給料に上乗せして、過去の例にない20歳代~30歳代の給料が上がるとして、それを元手に45歳以降の身の振り方を考え自己投資するという人生設計が描けるとしたら、どうでしょう。

会社員という身分保障を得ながら自己投資できるというのは、恵まれていると考えないでしょうか。

会社は学校じゃねぇんだよ

そんなドラマが有りましたね。Amebaプライムで見ることができますよ。

やる気のある人は引き上げ、仕事が出来な人に基準を合わせることはない。

ただし、やる気だけでもダメ、工夫が必要。

無闇矢鱈の努力はいらない、正しい努力のかけ方を知っている人が「賢い人」そういう意味では学歴ではありません…

「会社に頼らない」というのは、制度に依存しないということで、自分の足で立つことが求められます。

今若い世代には「FIRE」という言葉が流行しています。

「Financial Independence, Retire Early」の頭文字をとった言葉で、直訳すると「経済的自立と早期リタイア」という意味になります。

ネットでも解説記事はたくさんありますが、「FIRE」の目的は「経済的に自立した状態で早期退職し、自由な時間を過ごすこと」にあり、そのためには

年間支出の25倍の資産が必要

蓄えた資産を年4%で運用して生活していくことが大事とされています。つまり「資産運用」ですね。

コロナショックでの株価高騰、実体経済とはかけ離れたマーケット上昇が、テレワークで時間の余裕ができたことがかけ合わさって、空前の投資ブームになっているようです。

投資に限らず、これからは「副業」が当たり前になってきます。

会社側も、副業を認める用になってきました。

週休3日、4日の企業もあり、働き方が変わることにより、会社との関わり方も大きく変わってきます。

つまり、「うち一社だけでは面倒見れない」と言っているようなものです。

会社は、経済環境や世界競争の中で大きく変わっていくことは間違いないわけで、今度はサラリーパーソンの「働く」ことの意識が変わることが求められそうです。

最後に、今回の新浪氏発言の社会的影響により、国として加藤官房長官が法律には、60歳未満の定年禁止が明確に書かれている

国としては70歳まで企業に雇用を義務づける方向でお願いしている...

と表現しています。

そして、経済財政諮問会議民間議員の新浪剛史氏が「45歳定年制」を発言した構図が、実に興味深いです。

新浪氏は、コロナ対策においても、政府が一向にPCR検査を拡充する動きを見せない中で、ノーベル賞受賞者がPCR検査拡充の必要性を訴え、彼らが自ら援助をかって出ていることにも触れて、「プロの人の意見を聞け、政府はノーベル賞受賞者の意見に耳を傾けるべきだ」と主張していました。

雇用という、社会の根幹をなすことに対して、政府と真反対の意見を述べたことの意味は、意外と大きいような気がしますが、考えすぎでしょうかね…

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