阪神淡路大震災から25年、私たちへの教訓はなにか…

6434人もの犠牲者を出した、戦後初の大都市直下型地震で、観測史上初の震度7.3を記録しました。

地震が起きた時刻は午前5時46分、住宅約25万棟が全半壊し、負傷者は約4万4千人に上りました。

あれから25年に当たる今年2020年に、あらためて、阪神淡路大震災から何を学ぶのかを考えてみましょう。

大災害時代の始まり

東日本大震災が起こるまでは、阪神淡路大震災がもっとも大きな被害をもたらした地震であり、日本列島は「大災害時代」の始まりと言われていました。

「ライフライン」という言葉をよく耳にするようになったのも、阪神淡路大震災のときです。

もともと「命綱」という英語なのですが、阪神淡路大震災をきっかけに「生活線」「生命線」という意味合いで使われるようになりました。

今でも、水道、電気、ガスの供給はもとより、電話やインターネットの情報網、交通手段、物流網の確保等の意味で、ライフラインという言葉は使われているようです。

この頃から、学校でも、緊急避難場所等の役割を担うことから備蓄倉庫を持つようになり、地域自治体やPTA連携で、避難対策が議論されるようになりました。

ボランティア元年

当時多くの人が被災地にかけつけ、「ボランティア元年」と呼ばれました。

被災地では震災直後の1年間で138万人、多い時で1日2万人が活動し、 被災者を支援するボランティア団体やNPOが数多く生まれました。

阪神淡路大震災の時は、ボランティア活動は個人参加で、統一した窓口はありませんでした。まさに、自発的な思いで被災地の方々のお手伝いをしたというのですね。

その後2004年の新潟県中越地震では8.5万人のボランティアが集まりましたが、この時は「災害ボランティアセンター」が開設され、運営を行っていました。

2007年能登半島地震には1.5万人、中越沖地震では2.9万人のボランティアの方々が集まってくれましたが、これ以降は、個人ボランティアが定着してきて、NPOなど専門性を持つボランティア団体が登場しました。

被災者支援の経験を積んだNPOや海外の紛争地域で難民支援をしてきた国際NGO、医療や福祉など技能を持った支援グループなどで、ボランティア全体の活動内容も多様化していきました。

東日本大震災では196か所の災害ボランティアセンターが設置され、ボランティアが大きな力を発揮したことはよく知られていますが、新たな問題にも直面しました。

それは、専門性を持つNPOなどをコーディネートする仕組みがないということです。

団体同士や行政との連携が不十分で、支援の「漏れ」や「むら」が生じて、ボランティアの力を最大限に発揮できなかったことが東日本大震災の最大の教訓だったのです。

「全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD=ジェイボアード)」という、日本で初めての支援団体の連携を担う組織を作りました。有力なNPO・国際NGO、社会福祉協議会など23団体が参加して、アメリカの仕組みを視察するなど3年かけて準備をしてきました。

その連携機能が最初に試されたのが、2016年の熊本地震の時でした。

この様に、ボランティア活動も進化してきていて、その最初の第一歩が、阪神淡路大震災だったのです。

活断層が注目

阪神淡路大震災は、大阪府北西部から兵庫県の淡路島にかけて位置する活断層の一部がずれ動いたことが原因でした。

これを教訓に、国は、地震調査研究推進本部を設置し、全国の活断層のうち、長さがおおむね20キロを超え、地震が起きた場合に社会的に大きな影響が出る114の活断層を重点的に調査、今後30年の地震の発生確率などリスクを評価してきました。

日本及びその周辺では、世界で起こっている地震の約1/10にあたる数の地震が発生しており、観測体制が整った明治以降でも、多くの人的・物的被害をもたらす地震が発生しています。

なぜ日本に多くの地震が発生するかという事に関して、「活断層」の存在が注目されます。

活断層とは、最近の数十万年間に繰り返し活動するなど、将来も活動すると考えられる断層のことです。いつ地震が起きても不思議ではないという場所ということでしょうかね。

そもそも「断層」とは、地球の表面を覆う岩盤(地殻)が割れて生じた地層のずれのことです。

よく聞く説明に「プレート」の話があります。

地球の表面は「プレート」と呼ばれる板のような岩の層で覆われていますが、日本は海のプレートである太平洋プレート、フィリピン海プレートや陸のプレートである北米プレート、ユーラシアプレートなどの複数のプレートが接する境界に位置しています。

こんなにプレートが重なり合う地点という、特異的な場所に位置しているのが、わが国である日本なのです。

海のプレートは、陸のプレートの下に1年間に数cmから10cm程度のゆっくりとした速度で沈み込んでいきますが、引きずりこまれた陸のプレートの先端部にひずみがたまり、100年~200年ぐらい経つと、このひずみの蓄積に限界がきて壊れてずれ動き、陸のプレートの先端部が跳ね返ります。

この動きで、日本列島の、強度の弱い部分が壊れてずれ動きます。この弱い部分が「断層」で、将来も、ずれ動く可能性が高いところが「活断層」なのですね。

この活断層と呼ばれる場所のリスク評価を、阪神淡路大震災以降、本格的に調査してるのです。

地震発生の切迫度は4つのランクに分けられ、地震発生確率3%以上の活断層を、最も高い「Sランク」としていて、阪神・淡路大震災が起きる直前の発生確率は0.02%から8%で現在のSランクにあてはまります。

去年1月1日の時点で「Sランク」と評価されているのは全国の31の活断層で、このうち「糸魚川ー静岡構造線断層帯」や「中央構造線断層帯」、「三浦半島断層群」など8つの活断層帯の一部では、発生確率が8%を超え、阪神・淡路大震災の発生前より切迫度が高まっています。

また、次いで危険度が高い「Aランク」の活断層は全国に35あり、2016年に熊本地震を引き起こした「布田川断層帯」は、地震直前の評価は「Aランク」でした。

一方で、2004年の新潟県中越地震や、2008年の岩手・宮城内陸地震など、これまで知られていなかった活断層が、ずれ動いて地震が発生したケースも相次いでいます。

当時、活断層の上に原発施設があるのは危険だと、マスコミでも大騒ぎになりましたが、今ではほとんど聞かれなくなりましたね。

活断層が引き起こす地震は、南海トラフや日本海溝などのプレート境界型の地震と異なり、発生間隔が数千年程度と長いため30年の発生確率が数字として大きな値になりませんが、阪神淡路大震災が発生する直前の確率は、0.02%から8%だったように、確率が小さくても警戒が必要です。

あの阪神淡路大震災から私たちが学んだことは大きく、そのことを、今後に生かしていくことが、犠牲となった人たち、今でも震災後に苦しんでいる人たちに報いることだと思います。

活断層のことは、今一度、思い返してみましょう。日本がどのような地形の上に成り立っているのかを、自分のこととして、考えていきましょう…

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