日本の課題「人口減少」を考える…

人口減少は人口“消滅”を意味する…

日本の人口が減少していることは、いろんな媒体で叫ばれていることです。

人口減少という表現だと実感がわかないでしょうが、要は、日本国土から人が“消えている”ということです。“消滅”です。

“消滅”という言葉を「人口減少」と掛け合わせると、日本から「村」が消えていくことになるのです。「限界集落」はすでに多く存在し、このまま人口減少が進めば「限界」から一気に「消滅」ということになってしまうのです。

2015年から2020年にかかけて、たった5年で最も人口減少が激しかったのが、熊本県球磨村の「▲34.07%」、3698人から2438人、5年で1200人もの人が“いなくなった”のです。

奈良県野迫川村(のせわわむら)「▲20.27%」は、二番目に人口減少率が大きかたところですが、2015年の人口が449人、2020年に358人と、100人余りが“いなくなった”のですが、かなり「消滅危機」の村ですよね。

長野県平谷村(ひらやむら)「▲19.63%」と三番目に人口減少率が大きいいのですが、5年前に484人いた村人が、5年経つと389人に減っているのです。

生活コストが上がることに…

村が消えてなくなるということは、その村人にとっては「共同体」がなくなるということで、それは生活インフラにも大きな影響を及ぼします。

村がなくなり近くの自治体といっしょになれば、生活インフラコストは高くなります。間違いなく水道料金は値上げとなりますね。

病院がどうなるか、行政サービスはどうなるか、わからないですね。

故郷がなくなる…

ダム建設で沈んだ村というのがありましたが、自然に村が消えてなくなるというのは、なんとも儚げと言うかなんと言うか、村人や村出身者にとっては、なんとも言えない心境でしょうね。

人口減少がもたらす「都市一極集中」

情緒的感傷で「人口減少」を捉えると、ことの本質を見誤ってしまいそうですが、もう少し自治体の単位を大きくして「市」レベルで「人口減少」を見てみます。

2015年から2020年にかけて最も人口が減少したのは、福岡県北九州市「▲21,664人」、961,286人が、5年で939,622人になりました。

都市名だけを並べると、次に減った数が多いのが新潟市、順に長崎市、横須賀市、そして福島県いわき市となります。

逆に一番増えたのは東京都特別区(いわゆる23区)、9,272,740人が,9744,534人と、5年で471,794人の増加になりました。

ついで福岡県福岡市、神奈川県川崎市、さいたま市、横浜市、名古屋市、千葉県流山市、札幌市、千葉県船橋市と続きます。

おわかりの通り大都市周辺、とくに都心部周辺の住宅地域が大きく増えています。

「都会一極集中×人口減少」は、地方都市の衰退、地方都市消滅へとつながるのですね。

このことは、「人口減少」がもたらすほんの一つの現象に過ぎません。

生産年齢人口減少が意味するものは…

「人口減少」ということの意味は
     生まれる“こどもの数”が減る
ということで、いわゆる「少子化」ということになります。

「少子化」の問題点は、毎年「生産年齢人口」が減っていくことを意味します。

日本という国が“縮んでいく”のです。

「生産年齢」は15歳~64歳、1990年代がピークで、今は右肩下がりの状態です。英語で「working age population」、つまり労働者の人口だと言えます。

労働可能な年齢層は、国を動かすエンジンに当たります。

それは経済を動かす、富を生む層であり、同時に納税、国にとっては「収入減」であるということです。

納税者と言うだけでなく、社会保障制度を支える保険料負担者でもありますね。

人口減少に加え高齢化社会でもある日本…

日本はこの「少子化」に加え、「高齢化」という問題があります。納税の側面では、お金を稼ぐ人が減って、お金を必要とする人が増える…
社会保険の側面では、保険料を収める人が減って、保険料を使う人が増える…

ということになります。

人口減少 → 少子化 → 生産人口減少 = 税収減、社会保険料減

これに「高齢化」が掛け合わせると

社会保障制度疲弊、その先は「破綻」

また、人口減少は、消費する人口が減るということです。経済活動の担い手が減るのです。

つまり「納税者と消費者が同時に減っていく」ということです。

景気を支える両輪は「企業の設備投資」と「個人消費」、先進国であるほど、個人消費の割合は大きくなります。

人口減少は、消費が減ることになり、それでは国の発展が見込めなくなります。そうなると、海外からの投資も呼び込むことはできません。

それゆえ米国では、ブラックマンデー以後、人口増対策は「国是」として、移民政策をやめることはありませんでした。毎年着実に人口は増えています。

労働者不足と外国人労働者受け入れの実態は…

人口減少は、

  • 国の収入である税収減
  • 社会制度を支える保険料納付者減
  • 景気を支える消費者減

を招くことになるのです。

労働者不足...

日本の課題として、人口減少に伴い労働者不足が大きな社会現象となっています。その労働者不足を、外国人労働者に委ねるかどうかが議論となっています。

日本では、移民を受け入れない思想があるようです。

特に与党支持者層に多いと思われます。

それゆえ、政府は、どんなに日本国内で外国人労働者が増えたとしても、決して彼らを「移民」と呼ぶことはありません。

頑なまでに拒んできた、外国人の単純労働者受け入れに舵を切らなければならなくなったのも、少子化による労働力不足の深刻さがあるのでしょう。

外国人労働者に関しては

日本人の根本には「排外主義」がある...

ということを思ってしまうのですね。

これは日本人に限ったことではないのでしょうが、あまりのヘイトスピーチの酷さを見て、外国人労働者を人間扱いしない事例の多さを目の当たりにして、それを扱うマスコミの姿勢、政府の態度を見ていると、「日本人は」という大きな主語を使うのはよくないのですが、この国には根深い排外主義があるのではないかと思ってしまいます。

村文化であり、地主支配、土地神話、地縁の強さ、家族思考が強いように思えます。保守勢力の思想そのものですけどね。

日本では、日本に暮らす外国人をあくまでも「お客さん」としてみているようで、その範囲内では受け入れてもいいけれど、それを超えた権利は与えなくてもいいという感覚が、考え方の根底にあるのではないでしょうか。

武蔵野市での、住民投票券を在日外国人に与えるかどうかで大論争になり、結局、外国人参政権は否決されました。

外国人労働者の永住権を認め、家族を日本につれてきたときの社会保障を、外国人労働者およびその家族にも適用するのかという議論があるようです。

極端に突き詰めていけば、すべての外国籍者を生活保護から排除しろ、とか、日本から出て行け、といったところまで行くわけですけれど、その発想の根本は、そういうことを言わない人も共有している部分があるのではないでしょうか。

労働力はほしいが、社会保障は与えない...

少子化で保険料が減る中で、限られた“財源”を、外国人に分け与えたくない、そんな思いがあるようです。

労働力依存の先に、今度は労働機会が奪われることへの反感、つまり、外国人労働者がいることで日本人の労働機会が奪われるという思いにつながっていくのが恐ろしです。

いまの日本では「多様性」を受け入れられるのか…

いまは日本人にも労働機会はありますが、さらなる不況になれば、労働市場もどうなるかはわかりません。

テクノロジーの進歩で、単純労働のパイが極端に狭まり、安い労働力が求められて、日本人の労働機会が奪われるとしたら、日本人はどんな感情を抱くでしょう。

今の欧州諸国、移民排斥によりEUを離脱した英国…

トランプ支持者の白人層がまさにそうです。移民の人々に単純労働職が奪われ、「忘れられた白人層」となり、その不満がトランプ支持に表れた感じですからね。

名古屋税関問題然り、消えないヘイトスッピーチ然り…

日本は「多様性」を受け入れる土壌はないように思えてしかたがないのですがね。

多民族国家の欧州でもあのような状態ですし、移民政策を国是としてきた米国でも、実は白人層には不満が溜まっていたのですから。

貧困がなせるものでしょうか、世界的な経済クラッシュが、人間の心の中にある醜い部分を顕在化させるのでしょうか…

労働不足はテクノロジーでカバーすることができる時代がやってきます。

ただ人口減少は納税者と消費者がいなくなるということが深刻で、きちんと納税して消費できる人が増えればばよいのですが、労働機会を得られないことによる貧困層が増えてくることになれば、日本という社会は成り立たなくなってしまいます。

米国が「移民政策は国是」としたのは、労働力確保のためではなく、納税者と消費者確保のためです。

人口減少は、今は良くても、時間経過とともに、恐ろしい副作用が出てくるような気がしてならないのですね。

この問題、解決策はあるのでしょか…

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