格差とはなにか・・・自分たちにできることは「受動姿勢」から「能動姿勢」に変わること…

所得再配分とは…

会社における「資産」とは、会計上では会社が持っている“財産”ということになります。この場合、現金や預貯金、建物や土地、収益を生み出す機械設備も財産になります。

会計上の「個人の資産」とは、預貯金や土地、家屋、株式、終身保険や車も資産と考えられます。

個人の資産課税というのは、税目で言えば「相続税」「贈与税」「“譲渡所得”の所得税」になります。これらは毎年申告する性質のものではなく、発生ベースで申告するものです。

一斉を風靡した「21世紀の資本論」を書いたトマ・ピケティ氏は、これら労働収入でない部分の税率を、世界的に引き上げて、国をまたぐことによる節税をできないようにしようという提案をしています。

働いて得るお金、いわゆる「労働収入」と、それ以外の、例えば親からもらったお金などとは明確に区別して考えようというもので、生まれながらにして所有している財産と、自分の努力で生み出した収益との間に、課税の差を設けることで、生まれながらの環境による経済格差を是正しようというものです。

労働収入以外の税率を引き上げ、労働収入だけも満足な生活ができない人に振り分ける「所得の再配分」の考えです。

ただ、頑張った人は必ず報われる世の中が良いと、常々思っています。

富裕層を一括にするのではなく、一代で財を成した人は、社会的にも報われるべきだと考えています。子供に相続できる財産を築けたのはその人の努力であってのことで、その努力の成果に重い税がかかるというのは“いかがなものか”と考えてしまいます。

そういう意味で、働かないで得る相続財産や贈与財産の税率は重くして、その税収を広く社会に役立てることに使う、生活困窮者のために使うという「再配分」の考え方は、理解できるところはあります。

税、社会保障、公共事業による富の移転

「富の再配分」という言葉の定義を調べてみると「租税制度、社会保障、公共事業などで社会の中の富を移転させること」とあります。

ここまで述べてきた「所得の再配分」は、この中では「租税制度」による調整ということになります。

「社会保障」という観点では、所得に応じて保障を受けられる人と受ける必要がない人に分けようと言うものでしょうが、この線引はなかなか難しいものがありそうです。

年収ベースで見ると、同じ年収でも可処分所得(額面と言われる総収入から税金と社会保険料を差し引いた残りの額、いわゆる“手取額”)は、人それぞれで違ってきます。

扶養家族が多いとその分は税金は安くなるので可処分所得は増えますが、例えば収入が500万円以下の人の場合、いくら税金が安くなって手取り額が増えたところで、扶養家族が多い家庭のほうが、生活は厳しくなるように思えます。

子供を育てる教育費補助等の給付要件に所得の差を設けるのなら、大きく幅をもたせるべきだと考えます。

例えば、所得470万円未満を保障対象に設定するとした場合、所得470万円の人は保障から外されてしまいますが、所得470魔年の人は保障なしでも大丈夫とは言い難いのではないでしょうかね。

もっと幅をもたせて、所得制限を800万円とか1000万円に引き上げて、低所得者層を広くカバーしてあげるほうが良いと思います。

そうなると財政支出額は増え、財務省は抵抗するでしょうけどね。

この手の議論は、政府がお金を出したい出したくないで判断するものではないと思います。一方で、無尽蔵にお金が出せる話ではないということも理解はできます。

全体の社会保障や補助に関する諸制度を鑑みて、濃淡をはっきりつけて、優先順位の高いものを手厚くするというように、制度設計を工夫することを期待したいです。

気をつけなければならないのは「所得の平等」ではないということで、社会主義を求めるものではありません。

平等を求めるあまり、能力の差を考慮せず、競争意識を妨げることで社会全体が発展しなくなっては意味がありません。

教育を受ける機会は、完全に平等があってほしいです。

教育は完全に平等、その先の努力による差は受け入れるということですかね。

「公共事業」の配分は、絶対に“フェア”でなければなりません。ここが「政治とカネ」がいつも問題視されるところです。

具体的には、中小企業や零細企業に仕事が回るよう、政府が差配するということになるのでしょう。

その際には、税制も工夫しなければならないところでしょう。

個人ではどうしようもできないから考えよう…

ただ、「所得の再配分」なんて大きなことは、一個人でどうにかなる話ではありません。ましてや「再配分」を受ける側は、ただただ制度を待つだけになってしまいます。

受動姿勢から能動姿勢へ...

自分たちでなにができるかということも、考えなければなりません。

社会のために、税金を分配してもらう側から、分配する側に…

一人ひとりが、このような崇高な想いを持ってくれれば、きっと社会は良くなっていくのでしょうが、まあほとんどの人は生活に余裕がない分、なかなか「利他」の発想にはならないでしょう。

それは、自分を責めることではありません。「利他」実現の思いが、収入手段を工夫をしてより高いステージを目指そうという、モチベーションになればよいわけです。

確かにスピリチュアルな面からだと、「人に与えることで回り回って自分に返ってくる」という思想があるようで、「人に与える」精神だけは、忘れずにいたいですね。

現実的には、やはり知恵と工夫が必要です。「考える」ことです。

今の収入の得方で良いのでしょうか…
今の自分に何ができるのでしょうか…
今の自分に何が足りないのでしょうか…

収入手段のハイブリッド化、複数の収入手段を考える、そのことを考えながら生活しているだけで、なにかヒントのようなものは拾えるはずです。

考え続けたら、必ずと言っていいほど、その考えを実現できるヒントは舞い込んでくるはずです。

カラーバス効果というものがあります。

自分が見たいものや、普段から意識していること、自分ごととして捉えられることなどに自然に目がいくという、心理学効果による現象が起こしている行動を言います。

自分が成長するための情報は、いつでもどこにでもに転がっていると言われます。意識していないと気づかないだけだとも言われます。

意識を変えれば生き方は変わる...

まずは自分自身をバージョンアップしていきましょう。そこから見えるものを大切にして、それが収入アップにつながるように工夫する方法を考えましょう。

抽象的な表現に終始していますが、具体的に見つけられるものは人それぞれにちがうでしょうから、とにかく「考え工夫する」ことが大事だということです…

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