労働収入と資産運用収益は、お互いを否定し合うものではなく共存させるものです…

経済活動が縮小していて、企業業績は目を覆うぐらいの悲惨な数字が続いています。業界によっては、死活問題と言っても過言ではない状態になっています。

企業存続のために役員報酬を削減するだけでは間に合わず、仕方なく従業員の給料を調整せざるを得ない状況になっています。ボーナスカットはまだいい方で、本給が減っているところも多く出ています。

さらに業績が悪化すればリストラは避けられず、さらにその先は、倒産という事態が待っている状況に追い込まれています。すでにリストラを実施している異形も多く、企業の倒産件数が増えるのはこれからぼようです。

そんな中で、マーケット投資をしている人の資産は増えています。

株価が実態経済とは完全に隔離して大きく上昇していて、株式投資をしている人の資産は大きく膨らんでいっています。

このことを、社会にとって正しいとか悪いとかを論じる話ではありません。ましてや「分断」を煽るものでもありません。投資をしている人としていない人で、状況が全然違っているという「事実」があるだけです。

ストック

米金持ちトップ50人の資産2兆ドル

労働収入と資産運用益を単純な対立構造で語るものではない

ブルームバーグの記事によれば、米国の金持ちトップ50人の合計資産額は、下位半分に属する米国民の富の合計とほぼ等しいとのことです。記事には

新型コロナウイルスは少数の億万長者が偏った恩恵を受ける経済の変化を加速させた...

とあります。

ここで言うところの「偏った恩恵」というのは、“資産を持っている人”と“労働収入だけの人”との間の経済格差を指摘しているのかと思います。“持つ者”と“持たざる者”という、相続で親の資産を受け継いだ人と、もともと資産を持てるほど裕福ではないという人の間で、富の格差が生まれることが問題だと言っているのでしょう。

それが、コロナ禍で労働収入が激変して、労働収入に頼る人の貧困度合いが増し、もともと労働収入を得ていない資産家の富だけが拡大していることへの不公平感を訴えているのだと思います。

ただし、労働収入しか無いものが、自らの努力で資産運用を行って資産が拡大させたことを否定するものではありません。

労働収入が正当に評価されないでいる社会が問題なのです。

相続や贈与で資産を持っていて労働ではなく資産運用で収入を得た利益に関して、「21世紀の資本論」著者トマ・ピケティ氏は、そもそもの資産を得る手段としての相続税や贈与税を世界的に引き上げて、労働者階級に分配する「再分配」すべきだと訴えているのでしょう。

また、運用益課税を増やして、今のような労働収入が見込めない、どうしようもない状況打破につなげるという理論もよくわかります。

ただ、単純に労働収入と資産運用収益を同列に並べて批判したり、分断構造を作るものではないと思います。努力して、知恵を働かせて、一生懸命勉強して資産運用を行うことを否定するのは間違っています。

株式投資をしている人に資産が増えているのは事実

ブルームバーグ記事によれば、米連邦準備制度理事会(FRB)がまとめた2020年上期末までのデータで、人種、年齢、社会的階層による著しい資産格差が浮き彫りになったとしています。

上位1%の富裕層の合計純資産額34兆2000億ドル(約3620兆円)に対し、下位50%(約1億6500万人)の資産額は合計2兆800億ドルにとどまり、全米の家計資産の1.9%にすぎません。

ブルームバーグの記事には、金持ち上位50人の合計資産は今年初めに比べ3390億ドル増え、約2兆ドルに達したとなっています。

この資産格差は、コロナにより雇用が奪われ、労働収入が大きく減ったことで、資産家と労働者の格差を広げたことに加え、株価と実体経済のデカップリングで株価が急上昇していることから、更に格差が広がりました。

新型コロナは流行に伴う雇用喪失が低賃金のサービスセクターに集中し、有色人種の罹患率と死亡率も高く、米国の不平等を増幅させました。

専門職のアッパーミドルクラスは安全な在宅勤務が可能であり、政府の支援策が退職口座の価値も押し上げたことが格差要因とされていますが、さらに、株式保有の有無も富の格差の重要な要因となっています。

記事によれば、下位90%の株式市場へのエクスポージャーは約20年にわたり縮小し、FRBのデータによれば、今では米国民の上位1%が株式の50%強、次の9%が3分の1余りを保有しているとされています。これは上位10%が88%強の株式を持つことを意味します。

株式投資をやる意思があるかどうかもありますが、そもそも株式投資できる環境にあるのかどうか、株式投資を学べる環境にあるのかどうかは、入口における「平等」というものと付け合わせて考えるべきことなのかも知れませんね…

チャンスは平等、結果は不平等

運用でお金が増える社会は正常ではないという論じ方は乱暴です。労働収入が増えることがよい社会というのはある程度は理解できますが、それが、運用して資産が殖やすことを否定するものではないはずです。

リスクを取った者だけが、ご褒美として運用益を得ることができる...

それが「資産運用」です。

労働収入と資産運用は別のもので、両者を同じ土俵に乗せて比較して語るものではなく、ましてや善悪を付けるものでもありません。

リスクを取らない人がリスクを取った人を否定するのはおかしく、それはもはや「妬み」にすら感じます。

そもそも資本主義は

チャンスは平等、結果は不平等

この入り口にある、「誰もが投資の世界に入ることができる」というところに不公平が存在することは、それははっきりと間違っています。批判をするならその部分です。結果を論じるのではなく、そもそも「チャンス」が本当に平等なのか、そこに「アンフェア」は存在しないかが問われます。

自分の努力ではどうしようもないことにより阻害されているとしたら、それは「チャンスは平等」とは言えませんね。

誰でもすぐに「投資家」にはなれます...

特別な試験や資格などはありません。それゆえ、あらゆる人が全く同じ土俵で戦うことになります。ベテランも初心者も、経験者も未経験者も、年齢も男女別も学歴も全く関係ありません。すべて等しくマーケットに入ることができ、マーケットですべての人が戦うことになります。

運用はお金の奪い合いで、投じた資金を誰が取るか、自分で投じた資金を回収できるかどうかは努力次第です。他人が投じたお金を奪い合うのが資産運用です。

生半可な気持ちでやれるものではありません。

それ故周到な準備は必要で、当然勉強は必要です。経験者から学ぶことも大事です。ラッキーだけでは生き残れません。

だからこそ得られる利益は、場合によっては大きくなるのです。無限の可能性が期待できるのです。

コロナ禍に限らず、バブル崩壊やリーマンショック後の大不況時においても、這い上がり生き延びられている人は、みな株式投資などの資産運用を行っている人たちです。

運用で損をしている人たちが、突出して目立つだけです。そのほうが話題にもなりますからね。妬みの対象としてはもってこいですから…

リスクを取って運用している人が強いという事実は変わらないのです。それが「事実」なのです。
だから、運用の勉強をして、運用の世界に飛び込むことは、とても大事なことなのです…

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